カステラでのスランプの話〜忘れられない優しい背中〜

甘いものの記憶

お菓子作りを長く続けていると、調子の波のようなものが訪れます。それでも、まさか自分が抜け出せないほどのスランプに陥る日が来るとは思っていませんでした。
今回は、私がそのトンネルの中でもがいていた時、そっと手を差し伸べてくれた “ひとつの出会い” のお話をしたいと思います。

「お菓子作りにスランプなんてあるの?」そう思われる方も多いかもしれません。あります。というより、少なくとも私は確かにありました。
今回は私の体験を通して、今まさにスランプに陥っている方、そしてそこから抜け出そうとしている方の力に、少しでもなれたら嬉しいです。

突然のスランプ

今では当店の主力商品となっている富丘カステラ(リッチヒルカステラ)。けれど、ここに至るまでには紆余曲折がありました。

伝統の配合と焼き方を受け継ぎ、長年の経験もあり、多少の出来栄えの差はあっても、大きく失敗することはほとんどありません。(たまにはありますが、そこはご愛嬌です。笑)

しかし、ある日を境に状況が一変します。その日もいつも通りに焼いたのですが、普段より少し出来が悪い。それでも「売り物にならないほどではない」と思っていました。

ところが——その日を境に、失敗が続くようになったのです。

カステラは一枚焼くのに卵を約50個使用します。砂糖・小麦粉・水飴・蜂蜜…どれも大量に使います。1回の失敗のダメージは大きい。それが毎回続くのです。

心も体も、お財布も、どんどん削られていきました。見直して、工夫して、もがいても、光が見えない——まさに出口のないトンネルでした。

職人のプライドが邪魔をする

「誰かに相談しようか…」そう思っても、邪魔をするのが長年の”職人のプライド”です。

そんな時、ふと脳裏に浮かんだのが、カステラを主力としている同業者のAさんの顔でした。何度か交流のある方で、いつも朗らかで、包容力がある方。「あの人なら、全てをさらけ出せる」そう思った私は、恥を忍んでお店を訪ねました。

突然の訪問にもかかわらず、Aさんは私の話を丁寧に聞き、「明日の朝、仕込みから焼き上げまで全部見せるよ」と言ってくれました。

職人の世界で、工場や仕込みを見せるというのは決して当たり前ではありません。胸が熱くなりながら、翌朝早くに伺いました。

小さな気づきが大きな道を開く

Aさんは仕事の手を止めることなく、黙々と作業を続けます。私も何も言わず、ただ仕込みから焼きまでを見つめていました。

そして——たった一つだけ、私のやり方と違う点に気づいたのです。

「あ…これかもしれない。」

胸の中に一筋の光が差し込みました。Aさんはその様子を見て、微笑みながら「少しは参考になったかな?」と声をかけてくれました。今でも忘れられない優しい笑顔です。

嘘のように失敗が消えた

さっそく気づいた点を改善し焼いてみたところ、嘘のようにきれいに焼き上がりました。そこからは失敗がなくなり、今も自信を持って焼き続けています。

原因は——温度管理。まさに盲点でした。

でも、それに気づけたのは、そこに至るまでに何度も失敗し、工夫し、もがき続けた経験があったからこそだと思います。

Aさんへ

この記事を書こうと思ったきっかけは、Aさんが66歳という若さでご逝去されたことです。

あの朝、仕込みから焼き上がりまで黙って見せてくれたこと。「少しは参考になったかな?」と笑ってくれたこと。プライドを捨てて飛び込んだ私を、何も言わずに受け止めてくれたこと——今もカステラを焼くたびに思い出します。

いつか自分も、困って訪ねてきた誰かを、あの時のAさんのように迎えられる人間でありたい。そう思いながら、今日も窯の前に立っています。

長い文章でしたが、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。もし今、スランプの中にいる方がいたら、この経験がほんの少しでも光になってくれたら嬉しいです。


YouTubeやInstagramでも、お菓子づくりの日常を発信しています。
よかったらのぞいてみてください。

YouTube
Instagram

コメント

タイトルとURLをコピーしました