なぜ小さなお店にもHACCPが必要? ― 衛生管理計画の基本【2026年版】

冷蔵庫を確認しながらクリップボードの記録表に記入する作業風景 お菓子の作り方
毎日の「確認して、記録する」が、お店とお客さんを守る。

「HACCP(ハサップ)って、大きい工場の話でしょ?」

マルシェで焼き菓子を売る方、自宅工房で焼き菓子やパンを作る方から、よくこう聞かれます。

答えは、いいえ
2021年6月から、HACCPに沿った衛生管理は”すべての食品等事業者”の義務になりました。従業員が自分ひとりでも、週末のマルシェ販売でも、菓子製造業の許可を持って営業しているなら対象です。

「え、何もやってない…」と青ざめた方、大丈夫。この記事を読めば、何を・どこまで・どうやればいいかが全部わかります。実は小さなお店に求められるレベルは、拍子抜けするほどシンプルです。


筆者について

私は地元の食品衛生協会で指導員として研鑽を積んでおり、食品表示や衛生管理について日常的に事業者さんの相談を受けています。菓子屋を50年以上続けている家業でもあり、自分の店でも当然、衛生管理計画を回しています。

前回の食品表示の記事が好評だったので、続編として「守りの実務」第2弾、HACCPをまとめました。


HACCPって、そもそも何?

HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point:危害要因分析重要管理点)は、もともとアメリカの宇宙食開発から生まれた衛生管理の手法です。

宇宙で宇宙飛行士が食中毒になったら、救急車は来ません。だから「完成品を抜き取り検査する」のではなく、製造の全工程で危険の芽を先回りして潰すという考え方が生まれました。

  • 従来の考え方:できあがった商品を検査する(=事故が起きてから気づく)
  • HACCPの考え方:工程ごとに「何が危険か」を洗い出し、そこを管理する(=事故を未然に防ぐ)

この手法が世界標準になり、日本でも2018年の食品衛生法改正で制度化、2021年6月に完全義務化されました。

小さなお店に求められるのは”簡易版”

ここが一番大事なポイントです。

HACCPには2つのレベルがあります。

  • HACCPに基づく衛生管理:大規模事業者向け。国際基準(Codex 7原則)そのまま。危害要因分析の文書化など本格的
  • HACCPの考え方を取り入れた衛生管理小規模事業者(従業員概ね50人未満)向けの簡易版

小さな菓子店・マルシェ販売者に求められるのは後者です。そして簡易版でやることは、たった3つ。

  1. 衛生管理計画を作る(最初に1回)
  2. 計画どおりに実施して、記録をつける(毎日、数分)
  3. 定期的に振り返る(月1回など)

しかも計画はゼロから考える必要がありません。業界団体が作り、厚生労働省が確認した「手引書」があり、それに沿って書き込めばいい。菓子製造業には専用の手引書があります(記事末尾にリンク)。

「罰則がないなら、やらなくてもいい?」

正直に書きます。HACCP義務化に、直接の罰則規定はありません

でも、指導員として現場を見てきた立場から言わせてください。やらない理由を探すのは危険です。理由は3つ。

① 営業許可・保健所との関係

保健所の立入検査では、衛生管理計画と記録の確認が行われます。

そして実は、菓子製造業の立入検査はかなり厳しめに設定されています。都道府県にもよりますが、概ね年2回とされているケースが多い。日持ちのする焼き菓子は、小さなお店の商品でも全国津々浦々まで流通する可能性があるため、他の業種より厳しめになっているようです。

現場の感覚で言うと、大掛かりな検査が年1回、書類を配布しながら簡易に見ていかれるのが年1回、くらいのペースです。

未整備だと行政指導の対象になり、改善を求められます。営業許可の更新時にも心証に関わります。

② 事故が起きたとき、記録があなたを守る

万が一「お腹を壊した」というクレームが来たとき。

  • 記録がある場合:「この日の加熱温度・冷蔵庫温度・体調チェックはすべて正常でした」と、根拠を持って対応できる
  • 記録がない場合:何も証明できない。「ちゃんとやってました」は、記録がなければ言葉だけです

食中毒疑いの調査では、保健所は必ず記録の提示を求めます。記録は”お守り”ではなく”証拠”です。

③ 信頼は積み重ねでしか作れない

マルシェの主催者や委託先の店舗から「衛生管理はどうされていますか?」と聞かれる機会は年々増えています。「手引書に沿った衛生管理計画を運用しています」と答えられるかどうかで、出店・取引のチャンスが変わります。

衛生管理計画に書くこと① ― 一般衛生管理

計画は大きく2部構成です。まず1つ目、一般衛生管理。これは「どんなお菓子を作っていても共通」の基本ルールで、主に次の項目を「いつ・どうやって・問題があったらどうする」の形で決めます。

  • 原材料の受入確認:納品時に外観・期限・温度をチェック
  • 冷蔵庫・冷凍庫の温度確認:冷蔵10℃以下、冷凍-15℃以下(目安)
  • 交差汚染・二次汚染の防止:生ものと加熱済みの器具を分ける
  • 器具の洗浄・消毒・殺菌:使用後の洗浄手順
  • トイレの洗浄・消毒:ノロウイルス対策の要
  • 従業員の健康管理・衛生的作業着の着用:体調チェック、手指の傷の確認
  • 手洗いの実施:作業前・トイレ後・生もの取扱い後 など

「なんだ、普段やってることばかり」と思いませんでしたか? そう、普段やっていることを”文字にして、記録する”だけなんです。

衛生管理計画に書くこと② ― 重要管理のポイント

2つ目が重要管理。ここが菓子屋らしいところです。

食中毒菌は10℃〜60℃でよく増えます。この温度帯を危険温度帯と呼びます。重要管理とは、自分の商品を温度の動き方でグループ分けして、それぞれの管理方法を決めることです。

菓子製造業の場合、たとえばこんな分け方になります。

  • グループ1:非加熱で提供するもの(生クリーム絞り、フルーツのカットなど)→ 冷蔵保管の徹底・手早い作業
  • グループ2:しっかり加熱するもの(焼き菓子、パン、蒸し菓子など)→ 中心部までの加熱確認(目安:中心75℃・1分以上)
  • グループ3:加熱後に冷却するもの(カスタードクリーム、餡、水ようかんなど)→ 加熱後の冷却スピードが命。危険温度帯を素早く通過させる

自分の商品を3つのグループに当てはめて、「どう確認するか」(見た目・焼き色・温度計など)を決めれば、重要管理の計画は完成です。

記録は「毎日数分」でいい

計画ができたら、あとは日々のチェックです。

  • 毎日:冷蔵庫の温度、従業員の体調、手洗い、重要管理の確認結果を記録(慣れれば1〜3分
  • 問題があった日:「何が起きて、どう対処したか」を一言メモ
  • 月1回:記録を見返して「問題はなかったか、計画に無理はないか」を振り返り

完璧な記録より、続く記録。1日抜けても、やめないことのほうが大事です。

……と言いつつ、ぶっちゃけ私も忘れることが多いです(笑)
日々の作業に追われると、ついつい後回しに。そんなときは、記憶があるうちに1週間ほど遡って記載することもあります。

何より大切なのは、起こった事象を必ず記録すること。ここだけは心がけてほしいです。

手引書を使えば、計画づくりは1日でできる

ゼロから書く必要はありません。以下の公式手引書に、記入例つきの様式がそのまま載っています。

手引書の様式を印刷して、自分の店に合わせて書き込む。慣れた人なら半日、初めてでも1日あれば衛生管理計画は形になります。分からない項目は、管轄の保健所や地域の食品衛生協会に聞けば教えてくれます(指導員はそのためにいます)。

指導員として、最後に

HACCP(ハサップ)と聞いても「??」。難しそうで、何から手をつければいいのか分からない ― 相談を受けていて、そこで足が止まっている方がとても多いと感じます。

実際にやってみた方の多くが「え、これだけでいいの?」と言います。そうです、これだけでいいんです。小規模事業者向けの制度は、現場の負担にならないように設計されています。

お客さんの「おいしい」は、「安全」の上にしか成り立ちません。50年菓子屋をやってきて、それだけは断言できます。

――とはいえ。

「計画を作るのも、毎日の記録も、正直めんどう…」という本音も、よーく分かります。

そこで次回は、AIを使って衛生管理計画・記録表・月次振り返りを一気に作る方法を書きます。紙のファイルすら不要、スマホだけで完結する”ペーパーレスHACCP”。書類仕事が苦手な方こそ、お楽しみに。


※本記事は2026年7月時点の情報です。制度・手引書は改訂されることがあります。実際の運用にあたっては、必ず管轄の保健所または地域の食品衛生協会にご相談ください。

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