60年、母から受け継いだ餡練り機——あんこに込めた、私のこだわり

甘いものの記憶

工場の隅に、いつもその機械はある。深緑の鉄の体に、直径60センチの銅鍋。スイッチを入れると、ゆっくりと木のヘラが回り始める。60年、休むことなく動き続けてきた、新月堂の餡練り機だ。

この機械の前に立つたびに、私は母の背中を思い出す。

60年現役の餡練り機。銅鍋と緑の機械が工場に佇む

60年、動き続けてきた機械

銅鍋の縁には、薄れかけた刻印がある。製造元の名が刻まれていたはずだが、今では指でなぞらなければ読み取れないほど消えかけている。それだけの年月を、この機械は使われてきた。

直径60センチの銅鍋は、一度に大量のあんこを練り上げる。銅は熱の伝わりが均一で、あんこをむらなく仕上げるのに適している。新しい素材に替える理由が見当たらない。60年前も今も、この鍋が正解だ。

直径60cmの銅鍋。仕込み前の静かな佇まい

母の手から、私の手へ

餡練りはもともと、母の仕事だった。毎朝、この機械の前に立ち、あんこを練り上げる。その手を受け継いだのが、今の私だ。

ただ受け継いだだけではない。少しずつ、自分の理想の味に近づけてきた。変えたのは、砂糖だ。前々から砂糖の重要性は感じていた。餡の甘みは、砂糖の選び方ひとつで大きく変わる。そんなとき、問屋さんから「ロックD」という氷砂糖を紹介していただいた。それを砕いて銅鍋に入れ、水と一緒にゆっくり沸騰させる。氷砂糖は溶けにくい。だから時間をかける。その手間が、しつこくない上品な甘さを生む。

専門の生餡所から届く生あんを投入し、機械のヘラで練り上げ、仕上げに水飴とミネラル入りの塩を加える。母から受け継いだ工程に、私のスパイスを加えた。同じ機械、同じ鍋。でも、少しずつ私のあんこになっていく。

練り上げの工程。ヘラがあんこに入り、艶が増していく

1年がかりで見つけたヘラ

数年前から、木べらのヘリが気になっていた。長年の使用で摩耗が進み、いつか替えなければと思いながら、機械の製造元を調べても情報が見つからない。どうしたものかと困っていたとき、思い出したのが東京・合羽橋商店街にある馬嶋屋さんだった。

今は現代風に建て替えており、老舗の雰囲気はない。しかし実は古くからお菓子業界を支えてくれている、知る人ぞ知る店だ。思い切って電話をかけると、銅鍋のサイズと機械の製造元を聞かれた。しばらく保留のまま待っていると、「おそらく合う羽根があると思うから、時間のある時に来店してください」とおっしゃってくださった。

休みの日を使い、訪問した。「じゃあ裏に回って」と案内され、実際に持参したヘラを見せると、「あぁ、駒形か。ちょっと待ってて、探してみるから」と奥の方へと入っていかれた。

長いこと待った。

「あったよ。1つだけ」

そこには、長年探し求めていたヘラがあった。驚きのような、喜びのような、複雑な感情が湧き上がってきた。手際よく古いヘラを外し、新しいヘラをつけてくれながら、「まぁ合わない場合もあるから、その時はまた連絡して」と一言。

帰宅後、取り付けてみると若干当たる部分はあったが、ほぼぴったりサイズ。長年の経験と、本来ならば廃棄していてもおかしくない年代の部品を保存していてくださっていたことに、心からありがとうの気持ちになった。

1年がかりで見つけた、新しいヘラの木の羽根

これでまた、しばらくはこの機械が使える

新しいヘラになった餡練り機は、今日も変わらず回っている。氷砂糖が溶け、生あんが投入され、ゆっくりと艶が生まれていく。

完成したあんこ。銅鍋いっぱいに広がる艶やかな仕上がり

今後もこの餡練り機でおいしい餡を練り、おいしいお菓子を皆さんにお届けしたいと思います。

▼製造の様子はYouTubeでもご覧いただけます
「60年、母から受け継いだ餡練り機|新月堂」(チャンネル:ケーキ屋しんちゃん)

店舗情報

  • 店名:新月堂
  • 住所:静岡県富士宮市青木325-12
  • 電話:0544-27-0114
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