工場の奥に、一辺63センチほどの大きな木枠がある。木の縁が深く焦げ色を帯び、長く使い込まれてきたことを物語っている。新月堂のカステラは、この木枠ひとつから焼き上げられる。
カステラは、見た目はシンプルでも、作り手の腕がそのまま現れる和菓子だ。新月堂では、地元・朝霧高原の卵と牛乳を使い、約70分かけて一台のカステラを焼き上げる。
ここでは、新月堂が60年続けてきたカステラ作りの工程を、ありのままに紹介する。

主な材料
新月堂のカステラに使う材料は、ごく基本的なものに絞られる。
- 卵(朝霧高原の鶏卵)
- 上白糖
- 水飴
- はちみつ
- 薄力粉(宝笠ゴールド)
- 牛乳(朝霧高原・ふじの国乳業さんの厳選牛乳)
ザラメや強力粉を使うレシピもあるなかで、新月堂は上白糖と薄力粉を選んでいる。きめが細かく、口当たりの優しい仕上がりになる組み合わせだ。
なかでも薄力粉は、製菓用として知られる「宝笠(たからがさ)ゴールド」を使っている。グルテンができにくく、泡立てた卵の気泡をやさしく保ちやすいのが特徴で、ふんわり感と口どけを重視する菓子に向いた、上質な製菓用薄力粉だ。スポンジケーキやシフォンケーキでも使われる粉で、蛋白質は約7.6%、灰分は約0.39%。きめを極限まで細かくし、口当たりの良いカステラに仕上げるための欠かせない素材である。
そして注目したいのが卵と牛乳。どちらも、店から車で30分ほど登った先にある朝霧高原の山麓で育った鶏と牛から届く。富士山の麓、標高700メートル前後の高原で、空気と水のきれいな土地。そこで丁寧に育てられた素材を、ほぼ毎日、新月堂は使い続けている。
牛乳は、地元のふじの国乳業さんから届く。朝霧高原で育てられた乳牛から搾られたなかでも、厳選されたものだけを選び抜いて出荷しているのが、ふじの国乳業さんの仕事だ。新月堂のカステラには、その厳選された牛乳が毎日使われている。
牛乳をカステラに使うのは、必ずしも一般的ではない。だが、こうして厳選された朝霧の牛乳が手に入る環境だからこそ、新月堂のカステラにはしっとりとした優しい風味が生まれる。
工程
工程① 卵を人肌に温める
まず最初の仕込みが、卵を人肌に温めることだ。
冷蔵庫から出したばかりの冷たい卵では、泡立ちのきめが整わない。一方で温めすぎても泡が崩れる。理想の気泡をつくるための、最初の温度管理である。
工程② 卵をボールに移し、上白糖を加えて泡立てる
人肌に温めた卵をボールに移し、上白糖を加えながら泡立てていく。
ふんわりとした生地を作るには、この泡立ての段階が何より重要だ。空気をしっかり含ませることで、焼き上がりの「ふくらみ」と、断面のきめが決まる。

工程③ 温めた水飴とはちみつを加え、さらに泡立てる
生地がある程度泡立ったところで、あらかじめ温めておいた水飴とはちみつを加える。そのまま、さらに泡立てを続けていく。
水飴とはちみつは、カステラ独特の照りと、しっとりとした口当たりをつくる素材。冷たい状態のまま入れると生地が締まってしまうため、温めてから合流させるのがポイントだ。
工程④ 薄力粉(宝笠ゴールド)を加える
泡立て終わった生地に、ふるった薄力粉を加える。
ここで使うのが、先ほど紹介した宝笠ゴールド。グルテンができにくいので、せっかく泡立てた気泡を潰さず、やさしく保ったまま生地に粉をなじませることができる。混ぜすぎると泡が消えてしまうので、生地全体になじむ程度に、手早く合わせる。
工程⑤ 最後に牛乳を加える
薄力粉がしっかり生地に混ざったら、最後にふじの国乳業さんの牛乳を加える。
牛乳を最後に入れるのは、新月堂のカステラの大事な手順のひとつ。粉と先に合わせてしまうのではなく、生地の状態を整えてから加えることで、しっとりとした風味と口どけが引き出される。

工程⑥ 木枠に流し込む
一辺約63センチの木枠に、生地を一気に流し込む。
木枠を使うのは、熱の通り方を穏やかにし、四方からじっくり火を入れるため。金属の型と違って、焦げにくく、外側はしっかり、内側はふんわり仕上がる。

工程⑦ 焼成と「泡切り」
オーブンの温度は、最初220度で入れる。そこから時間の経過とともに、少しずつ下げていき、最終的には160度にする。
この温度の調整こそが、新月堂のカステラを支える最大の技術だ。
途中、生地の表面に上がってきた大きな気泡を、職人が手作業で「泡切り」する。気泡をそのままにしておくと、焼き上がりの食感や見た目に粗さが出るため、ひと粒ずつ丁寧に潰していく工程だ。
生地を流し入れてから焼き上がるまで、約70分。途中の温度調整と泡切りの判断は、毎日の生地状態と気温・湿度に合わせて少しずつ変えていく。レシピ通りには決して仕上がらない、職人の感覚が頼りの工程である。

工程⑧ 焼き上がり
焼き上がりの色は、表面が深いきつね色、裏面はやや明るい飴色。木枠から取り出し、粗熱を取ってから切り分けていく。
切ったときに、断面が気泡のない均一なきめになっていれば、ここまでの工程がうまくいった証である。

新月堂が大事にしている、3つの「温度」
カステラ作りで新月堂が最もこだわるのは、温度のコントロールだ。具体的には、3つの温度を見続けている。
1. 生地温度
仕込みの段階で、生地の温度を一定に保つ。冷たすぎても、温まりすぎても、理想の気泡の大きさにならない。
2. 泡切り作業のタイミング
焼成中、生地の上に上がってくる気泡を、適切な瞬間に潰す。早すぎても遅すぎても、内部の組織に影響する。
3. 焼成温度の微調整
220度から160度まで、少しずつ下げていく。気温・湿度・生地の状態を見て、その日のオーブンの加減を決める。
動画で見る、大きなカステラを焼く
文字で読むよりも、映像で見るほうがわかりやすい工程も多い。新月堂のYouTubeチャンネル「ケーキ屋しんちゃん」では、この工程をBGMのみのナレーションなし映像で公開している。
職人の手元と、生地の変化、木枠の存在感を、ぜひ目で確かめてみてほしい。
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おわりに
カステラは、レシピを並べれば誰でも作れそうに見える。だが実際には、生地温度・泡切り・焼成温度という3つの「温度」が、仕上がりの全てを決める。
新月堂のカステラには、60年積み重ねてきた職人の判断と、朝霧高原の素材の力が、一台ごとに詰まっている。
店頭でも販売していますので、富士宮にお越しの際は、ぜひ手に取ってみてください。
店舗情報
- 店名:新月堂
- 住所:静岡県富士宮市青木325-12
- 電話:0544-27-0114
