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薄力粉と、強力粉。
三十三年この仕事をしてきて、漠然と使い分けてきただけでした。
菓子には薄力粉、パンには強力粉。そう教わって、そのとおりにやってきました。
なぜそうなのかを、深く考えたことがありません。
きっかけは、昨日行った展示会でした。地元の菓子材料の問屋さんが主催する、年に一度の会です。
いま、洋菓子店の閉店が続いています。そのなかで、生菓子より焼き菓子に光が当たっていると感じます。日持ちがして、贈り物にしやすいからです。
そこで紹介されたのが、焼き菓子専用の小麦粉でした。
規格を見て、はじめて引っかかりました。これは、強力粉ではないのか。
この機会に、と思って調べてみました。知らないことばかりでした。
粗たんぱく12.2%。それ、強力粉では?

増田製粉所さんの「グロワール」という新しい粉です。今年の6月に出たばかりで、創業120周年の記念に開発されたそうです。
グロワール(GLOIRE)は、フランス語で「栄光」。
積み重ねた技術で磨き上げた粉に、その名前を付けたのだそうです。
120年の記念に出す粉に「栄光」と名づける。そこに込めたものがある、ということだと思います。
規格を見て、ちょっと驚きました。
| 粗たんぱく | 灰分 | |
|---|---|---|
| グロワール | 12.2% | 0.47% |
うちがスポンジやカステラで使っている宝笠ゴールドも、同じ増田製粉所さんの粉です。使い始めたのは二年ほど前。同業のお菓子屋さんに「使ってみた?」と教わったのがきっかけでした。

| 粗たんぱく | 灰分 | |
|---|---|---|
| 宝笠ゴールド | 7.6% | 0.39% |
同じメーカーの、同じ「菓子用」で、たんぱくが7.6%と12.2%。 ほぼ倍です。
一般に、たんぱく12%以上は強力粉、8.5%以下が薄力粉とされます。数字だけ見れば、グロワールは強力粉の側です。それが「焼菓子専用」として売られている。
宝笠ゴールドとの出会いは、スポンジと向き合った30年 ── 受け継いだ味を、自分の味にするまでに書きました。
薄力粉と強力粉は、原料の小麦から違う
そもそもの話を、簡単に。
違いは畑の段階からです。
| 原料小麦 | たんぱく | 主な用途 | |
|---|---|---|---|
| 強力粉 | 硬質小麦 | 多い(12%以上) | パン・ピザ |
| 中力粉 | 中間質小麦 | 中間 | めん |
| 薄力粉 | 軟質小麦 | 少ない(8.5%以下) | 菓子・天ぷら |
硬い小麦はたんぱくが多く、粘りと弾力が強く出ます。柔らかい小麦はその逆です。粉屋さんが後から強さを足しているのではありません。
薄力粉は洋菓子、強力粉はパン。大まかには、そう括って間違いではありません。
でも、うちはパウンドに強力粉を数%混ぜています
ここからが本題です。
うちのパウンドケーキは、薄力粉に強力粉を数%混ぜて焼いています。
大まかな括りはあります。でも実際のところ、そのとおりに使っている店ばかりではありません。自分の好みで使い分けたり、混ぜたり。そこに、その店の個性が出ます。
同じレシピを渡しても、店によって焼き上がりが違うのは、こういうところの積み重ねだと思っています。
だから「薄力粉だから菓子、強力粉だからパン」で止めてしまうと、もったいない。数%混ぜるだけで、口あたりは変わります。
菓子に向いた「産地」はあります
調べてみて、知らなかったことがありました。
日本で使われる小麦粉の約9割が、アメリカ・カナダ・オーストラリアからの輸入です。しかも銘柄ごとに用途が決まっています。
| 銘柄 | 産地 | 主な用途 |
|---|---|---|
| WW(ウェスタン・ホワイト) | アメリカ | 菓子用 |
| 1CW | カナダ | パン |
| ASW | オーストラリア | 日本めん(うどん) |
うどんの9割方がオーストラリアの小麦だ、という話は知りませんでした。産地と用途は、思っていた以上にきっちり結びついています。
では、国産小麦は菓子に向かないのか
国産を使いたいという声は、同業者からもマルシェの出店者からもよく聞きます。
たしかに難しさはあります。国産小麦は外国産に比べて、年や地域によってたんぱくの量に振れがあると言われます。味の問題ではなく、「毎年おなじ数字で来ない」ことが、毎日おなじものを焼く店には効いてきます。
——ただ、話はそこで終わりませんでした。
同じ増田製粉所さんに、「赤煉瓦(あかれんが)」という粉があります。
| 粗たんぱく | 灰分 | 原料 | |
|---|---|---|---|
| 赤煉瓦 | 10.0% | 0.50% | 北海道産小麦100% |
用途はクッキー・タルト・バターケーキ・パイ。まさに焼き菓子です。
そして説明に、「ヨーロッパ産と組成が近い、中間質小麦を使用」とありました。
品種を選べば、作れるのです。
増田製粉所さんに伺ったところ、赤煉瓦はロットによる違いもほとんど無いそうです。
国内産100%のラインナップを見ると、たんぱくは6.8%から11.5%まで揃っています。
「国産は数字が読めないから菓子に使えない」というのは、雑な結論でした。
※ 赤煉瓦は、うちではまだ使っていません。次に試したい粉のひとつです。
メーカーは、ずっと研究を続けている
展示会をひと回りして、いちばん強く感じたのはこれでした。
産地を探し、製法を変え、新しい粉を毎年のように提案してくれている。
もちろん商売です。売るために作っている。それでも、少しでも良いものを作れるように、少しでも工程を減らせるように——そういう思いで研究を重ねておられるのは、話を聞いていて伝わってきました。
グロワールが「焼き上がり直後だけでなく、時間が経ってからの食感」に目をつけているのも、まさにそこだと思います。焼き菓子は、お客様の手元に渡ってから食べられるまでに時間があります。そこを見ている。
どんな菓子屋も、すべてを一から作ることはできません。
小麦を育てることも、粉に挽くことも、砂糖を精製することもしない。
作ってくれる人がいるから、菓子屋は菓子を焼けます。
実際に、パウンドケーキを焼いてみました
サンプルをいただいたので、さっそく焼きました。
まず、ふるった時点で気づきました。サラサラしています。
いつもの粉より、はっきりと。粉が指をすり抜けていく感じが違います。
混ぜてみると、粘り気がそれほど出てきません。
たんぱく12.2%と聞いていたので、もっと重くなるかと思っていました。そうならない。
そして、生地が落ち着いています。絞りやすい。
これは作業していて、正直に楽です。数をこなす日ほど、こういうところが効いてきます。
焼き上がりの口あたりは、しっかりしています。

ただ、正直に書いておきます。
いつもの粉と並べて食べ比べたわけではないので、「こちらのほうが良い」とまでは言えません。
そこは、分からない。
そして肝心なのは、ここからです。
グロワールは「焼き上がり直後だけでなく、時間が経ってからの食感」を狙った粉です。
本当のところは、日が経ってみないと分かりません。
一週間、置いてみました
そのまま置いておいて、一週間後にもう一度食べました。
かなり、しっとりしてきていました。
焼いた日は「しっかりしている」という印象でした。それが日を追うごとに変わっていって、一週間後には別のものになっていました。パサついていくのではなく、逆です。水分が生地に馴染んでいくような、そんな変わり方でした。
そして、味が柔らかくなっていました。
角が取れて、マイルドになっている。バターの香りも、卵の風味も、焼きたてのときよりはっきり感じられます。粉が主張しない分、素材が生かされている。そういう印象を持ちました。
これが、あの「時間が経ってからの食感」ということなのだと思います。
焼き菓子は、焼いたその日に食べられるとは限りません。
贈り物なら、渡して、包みを開けて、食べられるまでに何日もあります。
そこで美味しくなってくれる粉なら、贈る側も安心して渡せます。
日持ちがするから焼き菓子に光が当たっている——冒頭でそう書きました。
その「日持ちする時間」を、ただ持たせるのではなく、美味しくなる時間に変えようとしている。
粉屋さんが見ているのは、そこなのだと思います。
結び
では、使うのか。
前向きに考えています。
ただ、価格との兼ね合いがあります。粉は毎日使うものです。一袋の値段の差は、そのまま毎日積み上がっていきます。そこは比較したうえで決めます。
良いものだと分かったから、すぐ全部切り替えられる——というものでもありません。そこも正直に書いておきます。
今回は増田製粉所さんの粉ばかり書きました。別に回し者ではありません(笑)
ただ、宝笠ゴールドを二年ほど使ってきて、本当に良い粉だと思っています。だから同じ会社が「焼き菓子専用」と言って出してきたものに、素直に興味が湧きました。
(宝笠ゴールドはAmazonでも買えます。700gの袋なら、ご家庭でも試せます。)
良ければ良かったと、いまひとつなら、いまひとつだったと。
分からないことは、分からないと書きます。
三十三年やってきて、まだ知らないことがありました。それが分かっただけでも、行った甲斐がありました。
📌 新月堂(しんげつどう)
静岡県富士宮市青木325-12/電話:0544-27-0114
営業時間:8:00〜19:30/定休日:月曜日


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