パイシートをやめた日

生地でバターを包む お菓子語り

3年ほど前まで、うちのパイ生地は輸入のパイシートでした。

業務用のもので、品質は良いものです。原価もそれほど変わらず、味も遜色ありませんでした。
アップルパイも、それで作っていました。

いまは、自分で仕込んでいます。

生地でバターを包む

職人は、たいてい1から作れます

菓子屋の職人は、材料さえ揃っていれば、たいていのものを1から作れます。

パイ生地も、カスタードも、餡も、スポンジも。作り方は身体に入っています。
作れないから買っているわけではありません。

それでも、うちは多くのものを専門の業者さんから仕入れています。
栗の甘露煮、ジャム、漬け込みのフルーツ。そしてかつてはパイシートも。

理由は、作業性と効率です。

全部を1から作ると、どこかに必ず寄ってきます

仮に、すべてを店で作るとします。

作業時間が延びます。朝が早くなり、夜が遅くなります。
人件費がかかります。光熱費もかかります。
そして、それは最後に価格へ乗ります。

かといって、何もかも仕入れに頼れば、その分の利益が外に出ていきます。
値上げが続けば、仕入れの価格もそのまま店の負担になります。

どこまでを自分の手でやって、どこからを人に任せるか。
菓子屋の経営は、この微妙なバランスの上に立っています。

ここには、もうひとつの問題があります。

自分の手を動かす分には、苦になりません。好きで始めた仕事だからです。
朝が早くても、休みが減っても、自分のこととして引き受けられます。

でも、それを従業員に強いることはできません。

自分がやれるからといって、同じことを人に求めていい理由にはならない。
「全部を手作りで」と決めた瞬間に、その負担はどこかへ行きます。
だから、どこまで自分の手でやるかは、一人で決められる話ではないのです。

それで、パイ生地は自分で作ることにしました

パイシートは、値上げが重なりました。

使い続けるなら、商品の値段をかなり上げなければならない。
上げずに済ませるには、自分で作るしかない。

作業は増えます。バターを叩いて薄い板にして、生地で包んで、折って、伸ばして、また休ませて。
半日がかりの仕事が、ひとつ増えました。

それでも、アップルパイの値段は上げずに済んでいます。

どちらが正しい、という話ではありません。
その時々で、バランスの取り方が変わるだけです。3年前は、こちらに寄せた——それだけのことです。

薄く伸ばしたバターの板

仕込みの中身

アップルパイ8本分(36cm×10cm)の配合です。

材料分量
強力粉687g
薄力粉229g
無塩バター(練り込み用)92g
冷水550cc
塩18g
折り込み用バター824g

粉は合わせて916g。折り込むバターは824g。ほぼ同量です。
強力粉と薄力粉は3:1。パイは層を支える力がいるので、強力粉が多くなります。

工程

  1. 折り込み用バター824gを4分割し、ラップに並べて少しずつ薄く伸ばす。冷やしておく
  2. 粉2種類を混ぜ、中央をくぼませて塩を入れ、少量の水で溶かす
  3. 残りの水を入れて練り、薄く伸ばして切れない程度までグルテンを出す
  4. 練り込み用バターを3回に分けて練り込み、包んで冷やす
  5. 生地でバターを包み、三つ折り+四つ折りで1工程。これを2回
  6. 厚さ8mmに伸ばして8分割し、冷凍庫へ
バターを包み終えた生地

ここだけは、言葉にできません

パイ生地でいちばん難しいのは、温度です。

生地は冷えていないと伸びにくい。バターは冷やしすぎると伸びにくい。

相反するふたつを、同時に成立させなければなりません。
バターは「固くならない程度」。それ以上は、正直、言葉にできません。
「あんばい」としか言いようがない。

分量は書けます。工程も書けます。
でも、この部分だけは、作って覚えるしかありません。

パイシートをやめたのは、立派な決意ではありません。
値上げが続いて、そうするしかなかった、というだけです。

ただ、こうして仕込んでみると、自分の手でやれることは、まだ残っていると分かります。
それが分かっているのと、分かっていないのとでは、次の判断が変わります。

材料が上がり続けるなかで、どこまで手をかけ、どこを任せるか。
その線引きを、毎年のように引き直しています。

厚さ8mmに伸ばしたパイ生地

仕込みの様子は、動画にまとめています。

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📌 新月堂(しんげつどう)
静岡県富士宮市青木325-12
電話:0544-27-0114
営業時間:8:00〜19:30/定休日:月曜日

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